トルコ戦争で敵の砲弾を浴び、身体がまっぷたつに裂けてしまった子爵メダルド。
なんと、一命を取り留め身体が分裂した状態で物語は進む。身体だけでなく、心、精神、人の善悪まで分かれてしまったため、悪しか持たないメダルドと、善しか持たないメダルドが登場する。
色々ツッコミどころというか、普通の小説として読んだら「いやまっぷたつになって生きてるわけねえだろ」という声が少なからず飛び交うと思われる。しかし、これはテーマ自体戦争が絡んでいるためそこそこ重めではあるが、童話であり児童文学的な扱いだと思うため、非日常を楽しむ感覚で読むのが一番いい。
後半になるにつれ、善の方がやってくる。最初は当然、悪の方をさんざん見てきた住民たちは善の方を支持し、愛した。
ところが善といっても、全ての住民にとって、善の方が行う善い行いが正しいとは限らない。現代で言えば、「横断歩道が無いのに道を横断するな!」という注意とか。
そりゃあ正論ですよ。行っていることに何ら間違いはない。
だけど、それはどんな状況下でも善き行いか?と問われると私はそうは思わない。
日本看護協会 第10回「忘れられない看護エピソード」看護職部門 齋藤泰臣さんの最優秀賞作品を読んでほしい。
列車の中で電話を掛けることは善いか悪いかで言えば、悪いに入ると思う。
社内での通話はお控えくださいというアナウンスが電車に乗るたびに聞こえるように。
しかし、この場面で最も悪い行いはお義父さんに電話をかけないことだったのだと私は思う。この電話をかける行為が少なくとも車内に居る人にとって善いことだったのであれば、ささやかな悪は許されるべきなのだ。
人は(自分も)二元論で様々な物事を考える。良いか悪いか。しかし、完全なる善、悪はこの世に存在しないといってもいいと思う。
自分が苦手と思っている人にも恐らく良いところはあるのだろうし、この人は完璧だと思う人にも悪の面は少なからずあるのだろう。
二元論で全ての物事を片付けられるほど社会は単純ではないし、面白くもないし、つまらなくもない。
THE BLUE HEARTSの「TRAIN-TRAIN」が頭に浮かぶ。
「いい奴ばかりじゃないけど 悪い奴ばかりでもない」
もしかしたらこの本からインスピレーションを受けたんじゃないかと思うような一文だ。
人間は生きているだけで悪も善も生み出している。正論、異論、暴論が常に絶えないこの社会を少しでも好きになれそうな作品である。