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自分でドメインとって一からページを構築する方が面白いんじゃねとも思ったり。
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果てしなきスカーレット 感想 期待値を上回る出来とそれでも拭えぬ違和感
巷で悪い意味で噂の細田守作品「果てしなきスカーレット」
ここまで酷評されてるなら一度実際に見ないと評価はできないだろうと思い、劇場へ足を運ぶ。
予約も何もせずとも良い席を確保できた。
全体的な感想としてはめちゃくちゃ悪いというわけではないなと。むしろこれ以下の作品なんて今までゴロゴロあるので、自分の中の名作映画フォルダーに入るかといわれると微妙だが、決して悪くはない。
話自体も極端に難しい、難解という感じではなかったと個人的には感じる。死んだ(とされる)王妃が死者の国で父を殺した叔父「クローディアス」に復讐を果たそうとするというそこまで捻りもないテーマ。そこに「聖」という日本で看護師をやっていた若者がやってきて、共に旅を続ける。見果てぬ場所(天国と近しい場所?)を目指すであろうクローディアスに復讐を果たすために。
映像表現とかは流石に綺麗だなーとは感じた。モーションキャプチャなどの恩恵もあると思うが、違和感なく見れた。声優陣も個人的には気にならなかったかな。芦田愛菜も一部で言われてるほど悪い演技ではなかったと思う。一人だけちょっと素人感がある声もあったけど、キャラ名も忘れちゃったら総じてみればそこまで悪いキャスティングでも無かった気がする。
ストーリー自体もまぁありがちと言えばありがちなので、めちゃくちゃ練られてるっていう印象は受けないけど、超複雑ってわけでもないので、多少の違和感などはありつつもロジック自体は比較的通っていたんじゃないかな。
凄く印象に残ったシーンっていうのもそこまでないんだけど、ん?何だこれ?みたいな思考が停止してしまうようなシーンも思い出す限りでは無かったため、傑作とまでは言えないけど、並評価くらいは与えられてほしい作品だった。細田守というある程度名が知れてる監督の作品ということもあって期待値などはどうしても高かったのかもしれないけど。
疑問に思うシーンや描写も何個か書いてみる。
・中世デンマークの話でなぜ日本人が急に出てくるのか
死後の世界だから多少の飛躍した設定はアリ?だとしても他に数人くらいは日本人とか、黒人をメインキャラクターに入れたほうが「ああ亡くなった人たちはあまり人種とか民族とか関係なくバラバラに死後の世界を彷徨っているのね。そういう世界なのね。」と解釈しやすかったと思うんだけど、結局日本人は聖だけしか登場してないように見えたので、ちょっとそこの違和感はあったり。
あとは言語が違うのになぜ意思疎通が出来たり、文字が読めるのかみたいなところもあるけどそこはもうそういう世界なんだと思って納得してる。
・ドラゴンはなんですか
結局ドラゴンについての説明が一切なかったな。まぁ本編見ると何となく予想はついて、死後の世界でも悪いことしてる奴らはドラゴンが落とす雷によって虚無になる(死後の世界からも消し去られて本当の死を迎える)っていうのは説明されなくても把握はできる。
ただ、「悪いこと」の定義が結局よく分からない。仮に人を殺すというのが悪いと定義するならば、スカーレットは虚無にされる対象でもあると思う。ただ、スカーレットは結局虚無にされることはなかった。では人の物を盗むのが悪いことと定義するならば、スカーレットも馬とか勝手に乗ってるしな…とか思っちゃう。
本質的な悪、自分勝手な都合で相手を殺したり、自分の私利私欲に駆られて盗みを働いたりした死者を虚無にするっていうのが一番近しい感じではあるけどね。でも人それぞれ正義の形とかは違うし、客観的に見たとてそれも一つ一つの主観が重なってできた価値観でしかないので、一概に何がドラゴンのトリガーなのかは分かりかねる。
神様自体も疑問は残るけど、まぁ死後の世界だし。いいや。
・見果てぬ場所の階段は何で最初は現れなかったの?
ここはなんか最初は敵だったキャラが最終的に味方になって主人公側を助ける役回りに変わるありがちだけどあるとちょっとうれしい胸熱なシーンなんだけど、なんで階段部分はスカーレットからは見えなかったんだろうね。
・そもそもクローディアス(側近も含め)がなんで死後の世界にいるの?
老婆(神様?)がクローディアスも死後の世界にいるよ(つまり死んでいる)ってサラッと言ってたけど、これもっとちゃんとした死に方で回想シーンなんかも含めてなるべく早い段階で神様から聞きたかったな…そこの部分が????で最後にスカーレットが目覚めるシーンでやっと死因が判明、しかもミスって毒を飲んだっていうしょうもない理由。側近が死んだ理由は出てこなかった記憶。もう少し意味を含んだ死因だと色々感情移入しやすかったかもしれん。
・聖が人を殺すシーンは必要だった?
ぶっちゃけ負傷くらいにしておけば、やろうと思えば後で聖自身が手当とかもできるのに。殺しちゃダメってスカーレットにあれほど言ってるのに結局は争いに加担してしまったところが。良くも悪くも人間らしい部分ではあるし、あの聖がそこまでしてスカーレットを助ける!→スカーレットは生きることを強く願う!みたいな描写は大事だとは思う。ただ、聖というキャラクターのイメージというか理想像は最後まで保ってほしかったのと、聖と別れる時はギリギリまで私に生きる価値はないみたいなことも言ってたからじゃあこのシーンは必要だったのか?と考えてしまう。
・ダンスシーンね
うーん。好きな人は好きなシーンなのかもしれないけど、個人的には悪い形で鳥肌が立ってしまった。歌がなー。個人的には引っかからなかった。多分この映画のテーマは
生きるとか死ぬとかがメインで「愛」がそこまでクローズアップされる感じでもないので、なんか映画にそぐわない歌詞だなーとは思ってしまった。
愛を知りたい、即ち生きる意味ってことなのかもしれないけど、それなら生きるという部分をメインに曲を作るべきでは?とも感じる。
ただ、恋愛映画って感じでもないからもしかしたらこの愛っていうのはLoveではなく、Affection(愛情)みたいなイメージなのかも。
だとしてもあのダンスシーンはもう少し別の形で表現できなかったかなーとは思う。
ダンスである必要はあったのかな…別に何気ない日常を淡々と、でも謳歌しているスカーレットと、弦楽器を弾いて歌ってる聖がいれば成り立ちそうではあるけどね。
うーん。でもスカーレット自身が愛を知らないとは思えないんだよな。少なくともアムレットからはちゃんと愛されていた描写もあるし。長らく忘れていた愛を取り戻すならまだ分かるけど、愛を知りたいはちょっとニュアンスが違う気もする。
・アムレットが騙されて処刑されるまでの過程が早すぎる
隣国と共謀して・・・みたいな偽りの罪をかけられてそのまま処刑されちゃったけど、せめて計画~実行の流れくらいはちゃんと描いてほしい。過程が全部飛ばされて
いきなりアムレットが逃げ惑うシーンになる→捕まる→処刑だもん。アムレット側にもクローディアス側にも感情移入が出来ないままだった。
クローディアスがアムレットにどんな反感とか思いを抱いていたのかも具体的に明かされなかったし。徹底的にヒール役にしたいなら分かるけど。
時系列がバラバラになっちゃったけど、とりあえずこんな感じ。
やっぱり重箱の隅を突く感じにはなっちゃったけど、酷評されるほどのものではない。
映像とか音楽自体のクオリティは他のアニメ映画と比べても高い水準だと思うし、見て損するような映画ではないかなーと。(懲役112分、罰金2000円は言い過ぎ)
ただサマーウォーズみたいに上り調子でテンション上がっていくようなカタルシスがあるような展開ではないし、これは凄い終わり方!というわけでもないので万人受けはしない気がする。でも刺さる人には刺さる映画なのも頷ける。
実際に見た人だけが感想を言えるので、是非機会があれば。
観終わった後、じわじわ考えてしまうタイプの映画だった。
メモリ高騰中
自作PC業界どころか、世界経済全体を脅かすレベルの現象が起きてるね。
半導体不足の次はメモリ不足か…
AIブームがここ5年ほど続いている流れを見ると、もはや一過性のものではないね。
当然OpenAIとかが寡占したくなる気持ちも分かる。
これだけ重要なメモリー部分が3社ほどの供給で成り立っているっていうのも元々危ない状況だったんだね。当然コンシューマー向けよりは企業向けの方が需要安定度は高いだろうし、Win-Winの関係になるのも頷ける。
そりゃあMicronとかだってそっち選ぶわな。金出してくれるところに供給するのが利益を上げるうえでもセオリーだろうし。
早くても数年は元に戻らないだろうね。何ならDDR4まで多少値上がりしていると考えると、どれだけメモリが枯渇しているかが分かる。
今は時期が悪いし、2030年くらいまで冬の時代は続きそうだよなと。
それまでに低メモリでそこそこ動くスタンドアロン型のAIツールとか出てほしいけどね。
当然グラボも上がると考えるとあらゆる産業に影響は出そうだよなぁ。
ゲーム開発やら動画編集やらにも。
AIチャットサービスのレベルが上がってから電子工作の敷居がぐっと低くなった
GeminiのCanvas機能とかを使えば、すごく簡易的なHTMLでのツールは数分で作成可能になったし、python環境が元々備わっているのであれば、exeでの実行ツールも作成してくれる(pythonのコードを書いてくれる)
ちょっと時間をかければfirebase経由で動かす(Web上で動作させる)というツールを作ることも可能である。
ホームページも良さげなサイトを見つけて「こんな雰囲気のサイトを作りたい」みたいなことをURLとともに伝えればそれっぽいコードもすぐに書いてくれる。
プログラミングなんてHello Worldと打って文字が表示されただけでキャアキャア騒いでたくらいの全く知識も経験もない人間だが、AIを用いればそれっぽいものを作れてしまう世の中になった。
元々自分でどうにかできないかなみたいな思考はあったので、こういった強大な力を借りながらも一人で完成させることができるというのは良い時代になったなぁとも思う。
ラズパイなどを用いてのカメラ作成なども、数十年前だったら難しかっただろうな。
本とかブログとか見ればそこそこ出来なくもなかったのだろうが、やはりイレギュラーが付き物なのがこういった電子工作の類なので、少しでも書いてあることと起きている挙動が違うぞ!?みたいになったらそれだけで挫折してしまう人も多かったはず。
でも今は、どれだけ対話を重ねても優しく丁寧に教えてくれるAIがあるし、仮にここが動かないといった問題を提示すれば解決策をしっかり考えて返答してくれる。
時々的外れな返答もあるが、対話を重ねれば問題解決に導くことができる可能性も高くなる。
要するに自分でできることが増えるというのは楽しみの一つでもあるんだろうな。
生活は普通でいい、ロックンロールは人生。
2016年に甲本ヒロトとチバユウスケが対談し、ヒロトが語っていた。
ヒロト「僕、いつも言うんですけど、人生と生活は分けるべきだと思うよ。別に一滴も酒飲まなくていいと思うし、童貞だって構わない。ジャンキーじゃなくていい。そこは、生活は普通でいいんです。でもロックンロールは人生です。生活ではないです。そこに大人も子供もないんだ。大人として働いて、社会的な義務を果たしていくとか、それは生活の話なんです。人生とは関係ないですよ」
チバ「あぁ・・・・・・良いこと言うなぁ」
ヒロト「うん。人生は楽しく。生活は楽に。これをモットーとしております」
ーチバさんはどうですか。
チバ「いや、大人に・・・・・・なれるもんだったらなってみたいけどねぇ」
ヒロト「なってるよ。だって今日だって電車とかクルマでここに来れるわけじゃない?」
チバ「はははは。来てますね」
うーん。痺れるぜ。どうしてこの人たちは自分の考えることの最適解をポンと軽く出せるんだろうな。極限まで削ぎ落してソリッドな状態を維持し続けているんだろうけど、それでも本質的な問いに明確な指針を持っているのが羨ましい。これは誰かに感化されてとかじゃなくて、自分で気づいたことなんだろうね。
この境地に自分はまだ達していない。間違いなく彼らの音楽やスタイルに影響されて、人生がだいぶ楽しくなったし、生きやすくなった感覚はあるが、自分で見つけ出したものではない。彼らの思想を自分の中に宿しているというイメージかな。
それを昇華して自分はコレっていう何かを見つけることができればいいね。
しかし、生活=人生ではない・・・か。心のノートにメモっておこう。
やっぱり今だよなぁと
昔から将来について考えよう、みたいなテーマを掲げられてありとあらゆる手法で未来についてのあれやこれやを書かされた思い出。
別に将来のことを考えることが悪いとは言わないが、小中高大と精神年齢はそこまでの変遷を遂げていないのにピカピカしたものがくすんでいって、子供のころにワクワクしながら考えた未来予想図は何ら面白味のないものになってしまった。
それを「大人になる」の一言で片づけてはいけないのだが、中々形容する言葉も思いつかない。
最近思うのが、別に未来とか考えたくなかったら考えなくてもいいんじゃないか?ということ。社会は多分、先を見通す力とか、今後何が流行るかみたいなことを日々熱心に考えて最適解を導こうという頭の良い聡明な方々が求められているし、実際その人たちのおかげで日本経済とかが成り立っているのは間違ってはない。
ただ、全ての国民がそういったマインドを持つべきなのかと言われると自分は違うんじゃないかなぁと思ったり。今はNISAとかで投資が数年前と比べると盛り上がっている傾向にあるが、まさに未来を予測しろと多くの人に問いかけているようなものだ。
それで幸福感を得られるのであればそれはいいのだが、現実的にはそうでもないのかなと。日本の将来を考えてみると、まぁ急激な衰退とまでは言わないが人口減少や財源の確保、労働人口の減少、移民問題などありとあらゆる負の将来予測が大多数を占める。楽観的というか、良い方向性の将来予測を耳にしない。
今この状況下だから俺が奮起して良い方向に導いてみせる!という気概を持った人はもちろん必要というか歓迎されるべきなのだが、私を含めた大多数の人間はせいぜい世の中の流れに沿って何とか生きる、くらいが実際問題限度な気がする。
だから、私の考え的には「どうでもいい」の一言に尽きる。ただこれは悲観的な意味を含んでいない。どちらかというと楽観的な方向である。「どうなってもいい」の方がニュアンスとしては近いかも。
多分、自分の心の中では多少の衰退とかは許容されるべきだと思ってるんだろうな。
ここ数百年での世界中の発展は正常な流れのように見えて、長い目で見ればとんでもなく異常なのかもしれない。いつの間にか電気っていうとんでもなく便利なものが生まれて、自動車っていう何トンもある鉄の塊が大多数の人は何故動くのかという基本的な原理を理解せずに、今もどこかで走っている。それが当たり前になっている日常。
でも、それが当たり前じゃなかった時代も当然あるわけで、そこでも人は生活していたし、それなりに人生を楽しんでいた人もいるはず。
だから、人が減る、経済が縮小していく、貧しくなるが人生の楽しみを奪うとは=関係にはならないと思うんだ。そういう事態に陥ってもなんやかんや楽しくやれると思うのは自分だけだろうか。
スマホが消えても、PCが消えても、なんやかんや人々は新たな娯楽だったり楽しみを見つける気がするな。
それでも人間は未来を考えることができてしまう生き物だから、将来を考えて悩んだり、悲観する時もどうしてもあるだろう。
せめて明日は何を食べようくらいの予測で留めておけばみんな幸せなんじゃない?
いつ死ぬかなんて分からないし。地球の酸素が10秒後に消え失せるみたいなことだってもしかしたらあり得るかもしれない。だからそういうまずあり得ないだろうってことを考えるのと将来を考えるってことは意外と近しい部分もある気がする。
まぁとりあえず明日とか分からないし、別にいい。
エヴァを2回観て、松屋で朝定食を食べた
先月あたりから月1エヴァとしてエヴァンゲリオン(エヴァンゲリヲン)の映画がリバイバル上映されている。
Qとシンエヴァは当時劇場で見たものの、旧劇と序、破は劇場では見たことなかった。
旧劇は先月見てきて、序は11/14日から。
んで週末ということもあり時間やら体力的にも余裕があったため序を二回連続で見ようととち狂った行動に。
ぶっちゃけ2回目は深夜1時30分からの上映で眠たすぎたのだが、完ぺきに熟睡とまではならず、ヤシマ作戦あたりは2回目だというのに高まってしまう。
撃鉄を起こせ!→実装の流れがめちゃくちゃ好きなんだよなぁ。
あと射撃用所元、再入力完了。以降の誤差修正は、パイロットの手動操作に任せます!もBGMとかの流れも相まっていいよね。
Beautiful Worldも聴けて満足。
まぁ改めて見ると綾波の献身性になんやかんやグッときてしまう。捨て身でシンジくんを守ってるところとかね。
あとシンジくんやっぱり背負いすぎだよなぁと。あとシンジくんに最初から頼らざるを得ないネルフの脆弱性よ。下手したらシンジくんはミサトさんに会う前に死んでもおかしくないくらい危険だったんじゃ。
あと、事前に何やるかくらいは知らせておいても良かったのでは。多少は心の準備とかできたと思うよ。乗るかどうかは別として。
強制的に乗せると仮定しているのであればまずパイロットの安全を最優先に確保しようよ…とは思う。代えがいないんだし。
改めて2007年公開の映画とは思えんクオリティだな。今公開しても全然通用する。古臭さを感じない。(細かな部分はどうしても…という部分はあるものの)
いやぁ破も楽しみだね。Qとシンはどうしようかな・・・
ある意味完徹で今から眠るのも微妙な時間帯だったので、松屋に朝定食を食べに行った。
松屋自体初めて入った。(多分)
本当はWで選べる玉子かけごはんを選ぶつもりだったが、何故か無かったので牛皿をチョイス。400円。
嬉しいのがライス特盛でも無料で、なおかつ今回来店した店舗はおかわり無料という太っ腹さ。
腹は減っていた方なので特盛を最初からチョイス。
うん。白米はやっぱり旨いね。つゆだくにしたので後からつゆを別添えで持ってきてくれた。
キャベツもドレッシングをかければご飯のおともになってしまう。お新香、みそ汁はもちろん。牛皿もこの値段なら十分な量。
おかわり(大)をお願いする。直接伺っておかわりをお願いするのは少し恥ずかしさもあるが、余力があるなら頼まないという選択肢はないだろう。てかそのためにちょっと離れた松屋に来たんだから。
大でよかった。特盛ならちょっときつかったかも。
おなかいっぱい大満足。帰宅し、そのままベッドで眠りにつくのでした。
あー気持ちよかったね。